「不条理」の中での人と集団の心理を知りたい

このタイミングでカミュの名作「ペスト」を読みました。
ご存知の方も多いと思いますが、「ペスト」は第二次世界大戦直後の1947年発表されたカミュの小説です。北アフリカフランス領のアルジェリアのある町を襲うペスト。町はある日突然封鎖されてパニックに。この不条理な状態の中で人々がどのような心理になりどんな行動を取るのかを描いています。

新型コロナウイルスの混乱が続く中で、「ペスト」を読もうじゃないか!という人が大勢いて売れているようで、amazonでは現物は欠品、Kindle版しか手に入りませんでした。(ちなみにイタリアの校長が生徒へのメッセージで引用したマンゾーニの「いいなづけ」も欠品中。)
ヨーロッパでは14世紀から15世紀にかけてペストが大流行し、イギリスやイタリアでは人口の8割が死亡したということですから、それこそ歴史が変わるできごとでした。実はペストなどの伝染病ははこれまで何度も世界を襲い、歴史を変えてきました。新型コロナは感染力や致死率がペストほどではないものの、世界中人が動き、お金と情報がめぐる現代だからこそ、世界が大きく変わるできごとであることは間違いないでしょう。

読んでみての主な印象を2点挙げるならば

細菌であるペストと、ウイルスである新型コロナウイルスとは病気の性質も違うし、また致死率が60-90%と言われるペストに対し新型コロナは1%、また当時とは衛生状態も医療技術も全く異なる中ではありますが、人の力の及ばない「不条理」な状況に置かれた人の心理や行動には似ている部分があるということ。

緊迫した状態の中では、集団の心理や行動がいかに変化し、お互いにどのように影響を与え合うのか、人生にどのような変化をもたらすのか、ということを知ることは今の状況では大きな意味があるだろうということ。

です。

「ペスト」は「主人公の医者と、その仲間数名のグループ」の一人ひとりの背景や心理、行動を主に描いているので、過去実際にペストが流行した時に必ず起こってきた、ひどいデマや、人種差別による虐殺などパニックに陥った人々のあさましい行動が具体的に出てくるわけではありません。しかしその分、深く染みる部分があるのではないかと思います。

小説「ペスト」と現在の日本の状況が似ているところ

封鎖された町の中で起こることで、今の日本と似ていると思うところはこんなところです。意外な類似点があるかと思います。

  • 最初はみな、封鎖は一時的にすぎない、ペストはすぐ収まると思って楽観視する
     (が、実際には10ヶ月ほど封鎖状態が続く→今の状況が10ヶ月続いたらさすがに嫌だなあ・・・)
  • 満員電車ではみな背を向け合って乗る。みんな不機嫌ですぐ喧嘩がおこる(同じ!)
  • さまざまな物資を高く売るものが現れる(同じ!)
  • 船が検疫期間中、海上に停泊したままになる(やはり!)
  •  *まめ知識:実際に14世紀にペストがヨーロッパで流行した時にも船での海上検疫を行なっており検疫期間は40日間。40を表すイタリア語「quqranta」が「quarantina=検疫」という意味になったそうです。

  • 市民は何かと行政に罪を着せて不平不満を言う(ほほう・・)
  • 死亡者の数が発表されるが、その根拠や比較の基準がなく不安を煽ってしまう(同じや!)
  • 「純良な酒はバイキンを殺す」とされ酒が売れる(あはは)
  •  日本でも消毒液の代わりにウォッカが売れたり、酒を飲んだら消毒できる、酒が飲めないからヤバイ、などと思う人もいました・・・

    今の日本の状況と似ていないことは、

  • 衛生状況
  • 町から抜け出そうとすると容赦無く射殺されるという人権の意識
  • 神を信じるか信じないか論争が密かに起こるなどの宗教に関わること
  • など。他にも当然、病気そのものや流行の速度も違いますし、インターネットなどの情報技術や医学のレベルも違います。

    人と人との関係の中で起こってくる個人の変化とは

    人々も刻々と変わる状況の中でさまざまな感情を持ち、関わり、様々な体験を通じて変わってゆきます。

    *なるべく詳細の記述は避けていますが多少のネタバレあり

    ペストが流行し始め街が封鎖されると・・・
    とにかく目の前の人を救おうとする医者(主人公)のもと
    →「人助けをしたい」と呼びかける者が現れる
    →それに共感する人が集まりグループできる
    →グループ内で自分の辛かった過去などを語り出す者が現れ、次第に連帯感や高揚感が生まれる。中にはハイ状態になる者も。
    →「自分の幸せのために」脱走を試みる者が何度も失敗。次第に「みんなの幸せ」と「自分の幸せ」が一致していき・・・
    →状況が悪化しパニックになると、神を信じず理性を信じる医者と、神を信じる神父の意見は対立。しかしその行動は不思議と一致していく。
    →そして突如ペストは収束。全員がそれぞれの道へ散っていく。

    抗うことのできない不条理な状態の中で、極限状態に陥りながらも、人と人との深くきわどい関わりを通じて本当に大切なものは何なのか、ということに気づいていく過程が描かれます。その「大切なもの」がペスト流行の前と後で変わる者も、変らない者もいます。

    登場人物のリーダーシップについて

    物語には、医者や神父、役人、町の外からやってきた記者など主要な人物が10人ほど登場します。その登場人物が、それぞれのリーダーシップを発揮していく様がよくわかります。

    リーダーシップとは、いろいろな定義があり、その捉え方は時代によって変わってきているのですが、2020年現在、主要なリーダーシップの考え方は

    「リーダーシップとは、グループの共通目標の達成に向けて発揮する、他のメンバーへの影響力である」

    とされています。
    そして、現在では、公式な「リーダー」のみがリーダーシップを発揮するのではなく、グループのメンバー誰しもそれぞれが、必要な時に必要なリーダーシップを発揮すること(これをシェアド・リーダーシップとか、全員発揮のリーダーシップなどといいます)が求められると言われています。変化の激しい時代に、公式リーダーのみがリーダーシップを発揮してグループを引っ張っていくのではなく、全員が自分なりのリーダーシップを発揮すべきだと。

    ペストの書かれた第二次世界大戦直後、リーダーシップとはこのような考え方ではありませんでした。リーダーとは、優れた資質・特性(体格なども含めて)を生まれながらに持つ一部の限られた人であり、そのリーダーだけがリーダーシップを発揮するものだと考えられていたはず、です。

    ところがペストを読むと、このような極限状態の中で、一人ひとりが大切なものに向き合い、自分なりのリーダーシップを発揮し始める様子がわかります。

    「神はいない」と、理性を信じ目の前の患者を救おうとする医者も、このような状況だからこそ神を信じようと訴える神父も、自分にできることをやるという意味で同様のリーダーシップを発揮しています。また特に目立った取り柄もない男、ただひたすら医者のもとで計算し統計をとるだけの男のことをカミュは「目立たぬヒーロー」と表現しています。

    「この物語のなかにぜひともそれ(=ヒーローのこと)が一人必要であるのなら、筆者はまさに微々として目立たぬこのヒーロー、その身にある物としては、わずかばかりの心の善良さと、一見滑稽な理想があるにすぎぬこのヒーローを提供する。」

    極限状態の中で「神はいるのか」と苦悩した神父が、その後人々に語る言葉が、まさに先の見えない時のリーダーシップについて述べていると感じました。

    「闇の中に、ややめくらめっぽうに、前進を始め、そして善をなそうと努めることだけをなすべきである。」

    目立たぬヒーローでもいい、自分の大切なことに気づき今できることをやる

    ペストを収束させるというその目的のために、善をなそうとする登場人物の姿は、
    今の日本で、
    「家にいる子どもたちのために無料でアプリを開放しよう」
    「新型コロナに関する正しい情報をSNSで発信しよう」
    「自分は時差出勤をして、一人でも通勤ラッシュを減らそう」
    「とにかく周りの人を明るくしよう」
    と自分にできることをやっている人の姿と重なってきます。

    もちろん一方で、首相など国のリーダーたちの強いリーダーシップも求められます。(残念ながら「ペスト」では、町のトップーがどのように行動したのかは記述がないので不明です)
    それでも、国の「公式な」リーダーたちから示された姿に向けて(いまいちこれが発信し切れていないようにも思いますが)どう行動するのかは、それぞれの自治体や企業、私たち一人ひとりが自分たちの状況に応じて必要な行動を起こしていく。そしてそれが目立たない行動でもいい。そんなことを強く感じました。

    少しネタバレしてしまいましたが、「ペスト」読んでいただけたらなあと思います。

    不条理な状況は、自分の本当に大切なことに気づく機会でもあります。その過程は苦しいけれど・・・。

    そして目立たぬヒーローでもいい。みなさんは今のこの状況の中で、この不条理の中でどんな行動をしますか?