3.11から10年が経ちました。
どんな想いで今日を迎えているでしょうか。
「あの日」と言えば通じる、あの日のこと。

私は当時勤務していた永田町のオフィスで、気分が悪くなって休憩スペースで横になっていた時に大きな揺れを感じました。地震直後は、家族や外出中の社員の安否確認に追われ、そのうち会議室のテレビから衝撃の映像が流れてきました。殺人的なラッシュで帰宅が大変だったこと、続く原発事故、節電・停電で暗くなる都内、自粛で人が消えた山手線のホームに立っていると突如携帯から響く緊急地震速報、仕事にならないと嘆くタクシーの運転手さん、仕事ではお客様への対応、などなど。

幸い私の身内に不幸はありませんでしたが、危険だからと都内を離れる人も出る中、不安や恐怖や焦りや悲しみなどいろんな感情が巡りました。そしてその後、どんなふうに自分の感情や思考が変化していったのか、今考えてみると徐々に思い出されてきます。

なんてことをなぜこのブログで書いているかというと、今日は「私のあの日」について、職場や家族で対話をしてみるのも良いかも知れない、と思うからです。

・あの日、どこで、どんなふうに被災したのか。
(あるいは、どこで、どんなふうに震災を知ったのか。)
・その後、どんな経験をしたのか。
・あの日から、自分は何が変わったのか。何が変わらないのか。
・改めて、自分が大事にしたいと思うことはどんなことなのか。

あの日から2年後の3月、私は、コーチングスクールに通っていました。その時にスクールでやったのが、この対話でした。4人で円になって、電気を消して、蝋燭のような小さなライトを照らして、一人ずつ、あの日の話をしました。
そこにはそれぞれのストーリーがありました。

全員が共通で体験した「3.11」の、それぞれのストーリー。

話し終わった後には、つっかえていた思いを吐き出せた安堵感と、全員で共有しあえた不思議な一体感がありました。(まだあの日から2年という中であの日を語ることができたのは、被災当事者ではないからだと思います。)

3.11の記憶を風化させないためにも、そして、あの時の経験を自分の人生に生かすためにも、コロナ禍を生き抜くためにも、周囲の人たちと分かち合って生きていくためにも、そんな対話も必要なことだと感じています。もちろん、本当に辛い経験をされて、話すことができないでいる方々が行う必要はなくて、つい日頃は3.11のことを忘れて過ごしてしまう、そんな人たちで良いと思います。こんな対話もまたまた家庭や職場の「組織開発」に繋がりそうです。

そしてこのコロナ禍に思うことは、「コロナ」は、世界中の人たちと対話できるテーマであり、それは世界の「組織開発」につながるかも知れない、ということ。とても楽観的に言ってますけども、いつか振り返った時、共通の話題として話せたらいいなと、そんな日が早く来たらいいなと思っています。

・コロナはあなたにとってどんな経験だったのか。
・あなたはこの経験を次にどう生かすのか。
・あなたがこれから大事にしたいことは何か。

3.11から10年の、このコロナ禍の今、人類は、世界中の人と対話できるテーマを与えてもらっていると考えて日々過ごそう、と思いました。